備忘録107(2020.04.16)
【こんな非常時に憲法かよ!?】
今自民党がどさくさに紛れてコソコソ?進めている「緊急事態条項」の話ではありません。(それはそれで捨て置けんのですけど…)
皆さん、知ってました?私知らなかったんですけど、政府が国民の命や生活や自由や権利を脅かしたり踏みにじったりする時、国民がそれを批判したり抵抗したりすることは、「権利として許されている」んじゃなくて「義務」らしいですよ。
日本国憲法第12条:
【この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。…(後略)】
憲法を最終的に今の条文に仕上げた当時の人たち、すごいですね。戦後日本の民主制が、自分たちの血と汗と涙で勝ち取ったものではなくて、戦争で完膚なきまでに叩きのめされた相手(アメリカ様)に「恵んでもらったもの」だということや、元々「革命向きじゃない」国民性なんかに対して自覚的でないと、この条文は作れないんじゃないかと思います。
12条は、現代を生きる私たちへの、敗戦当時の賢人たちからのメッセージ(というより警告)なんですね、きっと。「ええか、お前ら、戦争が終わったから言うて、のほほんと平和ボケしとったらアカンで。ワシら=お前らの性分からして、油断しとったらまたすぐに『お国』のために死なないかんようになるで。そうならんように、くれぐれも国家権力の監視を怠りなや…コレがワシらからの遺言や。よう覚えとき。」
やり方は人それぞれかもしれませんけど、批判、しなきゃいけないんです。抵抗、しなきゃいけないんです。
〈追記〉
衆院で今日審議入りしたってよ…
ほら、出たよ、火事場泥棒
https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2020040902000119.html
https://twitter.com/tbs_news/status/1250804874821857280?s=19
備忘録106(2020.04.14)
本音を言うときはちゃんと原稿読まずに喋れるんですね。
コロナ禍で生き死にが懸かっている人たちが少なからずいる中で、頑として税金を使い渋る行動原理がコレなんですね。
「税金」は、封建領主が領民から吸い上げる「年貢」でもねぇし、ヤクザがナワバリで商売してる人から取り立てる「みかじめ料」でもねぇんだぞって、基本の「キ」を誰か教えてあげてください。いや、「みかじめ料」は一応「用心棒の対価」だから、商売人にも「守ってもらえる」というリターンがちゃんとあるのか…。
そんなんは置いといて…普通、人の発言というのは、それが「いつ」「どんな状況で」「どんな文脈で」なされた発言なのかをきちんと吟味する必要があると思います。でもコレは、少なくとも戦後の日本社会では、どんな状況や文脈でも、国会議員が公言したらあかんタイプの発言じゃなかろうかい?本音がどうあれ、建前上は「納税者の皆様からお預かりしたもの」と言わなきゃいけないんでないかい?
「建前」って、結構ネガティブなニュアンスで使うことが多いですけど、本来は建築用語?「建物の主要な柱や梁や棟木などを組み上げること」だそうです。ここから転じて「物事の基本的な方針や原則」という意味になりました。
実はめちゃめちゃ大事なものなんですね。
個人の本音がどうであろうと、この建前(原則)が一定程度きちんと機能していないと、建物(組織/社会)はあっという間に崩壊します。行政のトップがどうしようもない人であるにもかかわらず、日本社会が息も絶え絶えかもしれませんけど一応何とか「回っている」のは、社会やいろんな組織の建前(原則)が、一定水準で構成員一人一人の行動を律してくれているからなんだと思います。建前(原則)って、ほんまバカにしちゃいけないんです。
建前をかなぐり捨てて、露骨な本音だけで振る舞っているのが今の政権だと思うのですが、それはつまり、日本社会を、柱も梁も無い、吹けば飛ぶようなボロ小屋に変容させていっているのと同じことです。せっせと一生懸命、社会を壊しているんです、彼らは。
そんな歴代最長かつ現在進行形の破壊行動に加えて、今回のコロナ禍ですよ。非常時なんだから文句ばかり言うな?違うんです。非常時「だから」一刻も早く引き下がっていただかないとダメなんです。
備忘録105(2020.04.12)
SNSで政府や自治体の対応を批判したり、医療従事者や宅配スタッフなどへの心ない差別を止めるよう呼び掛けたり、自身の窮状を訴えたりすること、そうした誰かの発信をリツイートして拡散したり「いいね!」することで共感を示すこと…これらも歴とした「今、私たちにできること」の一つであることを忘れないようにしたい。
「私一人が一言呟いたからって、どうせ何も変わらない」と諦める必要はないと思います。その「一言の呟き」「一回の『いいね!』タップ」が、「ネット世論」という大きなうねりとなって、社会や人々の行動に大きな影響を及ぼすことは言わずもがなです(もちろん影響の良し悪しはあるけれど)。
「ノイジーマジョリティ」を形成して、行政の施策を改善させたり、差別や偏見の助長を食い止めることもまた、手洗いや手消毒、外出自粛や社会的距離の確保に粛々と取り組むのと同じぐらい、この危機による被害を最小限に抑えるためにに必要なことだし、可能なことです。
私たちは、もっと怒っていいし、もっと叫んでいいんです。
備忘録104(2020.04.09)
ここでいう「責任」は恐らく「辞任」に置き換えることができるので、「辞任すれば済むという話ではない」というニュアンスなら、それは仰る通り。個人的には辞任だけじゃなくて、モリカケや桜の件も含めて、きちんと刑事罰も引き受けてもらわないと納得できません。あるいは、今すぐ辞任してもらうことで、少しでも犠牲者が減るとすれば、それはそれでとっとと辞任てもらいたいとも思いますが…それは置いといて(本当は置いとけないけど)…
何がヒドイって、相手が「イタリア人記者」だと分かっていて、「日本は(ダメダメな)あなたの国とは違うんです」って侮辱まがいの言葉を投げつけてるんですよね、この人。あり得ない。何故ここで「質問にお答えする前に、イタリアでも大勢の方が感染で苦しまれていたり、亡くなられたりしている。まずはお見舞いと哀悼の意を表したい。」ぐらいのことが言えんかね(もちろん、プロンプターや原稿無しで)。
この人が(他)人の苦しみや命に全く無関心であることが、ここからも窺い知れる。政府の対応施策の一つ一つが日本に住まう人たちの「生き死に」を左右することに対して、この期に及んでも無自覚というのは、はっきり言って有害としか言い様がありません。
それに、「あなたの国とは違うんです」の根拠にしている「感染者数」だって、あくまでも感染「確認数」ですからね。どう考えても「実数」じゃない。だって、そもそもちゃんと検査してないんだから。すると「感染死亡者数」だって正確かどうか怪しい。メディアもいい加減「感染者数」って言うのやめてほしい。「感染が確認できた(感染確認せざるを得なかった?)人数」と言うてくれ。
感染者数という一番基本的なデータすら正確かどうか疑わしい、ということはそこから導き出される対策もエビデンスに乏しくなる。実際、根拠の示せない単なる「思い付き」の施策ばかりで、さらにその「思い付き」が「生活者の実感/実態」から驚くほど乖離している(アベノマスクもそう、補償とセットになっていない外出自粛・休業要請もそう、現金給付の出し渋りもそう…枚挙に暇がない)。この「乖離」が文字通り「致命的」=人々の命が損なわれるレベルなんだと思います。
完全に「人災」です、こんなの。
備忘録103(2020.03.25)
日本のニュース番組は、東京五輪の延期報道とかどうでもええから、メルケル首相のこの国民向け演説を日本語字幕付きで全部放送してくれへんやろうか…
どこぞの国の首相の、薄っぺらくて重みが全く感じられない、情理が全く尽くされていない会見と是非とも比較してみてほしい。
ここでは例として?3点ほどツッコミを入れておきたい。
①まずもって…メルケル首相は原稿を読んでいない(仮に目線の向こうにカンペがあるとしても、明らかに「国民一人一人に語りかける」トーンや姿勢であることが見て取れる)。反対にどこぞの国の首相は、用意された原稿をただ読み上げるだけ。一国の首相である「(公人としての)自身の言葉」に対する向き合い方からして雲泥の差がある。
②メルケル首相が、医療スタッフやスーパーマーケットの従業員など、この大変な状況下で「人命」や「食料・日用品の供給」を支える「現場の人たち」に対する「感謝」を表明している点も、自身の「仕事やってる感」を演出するのに必死で、他人=国民の「命や暮らし」にはまるで興味関心を持たない某国首相には望むべくもない姿勢だろう。
③「連邦政府=公的機関の発信する情報だけを信じてください~デマに振り回されないでください」というメッセージは、ドイツのような国でこそ意味を持つのだろうけれど、極東の某島国では、「政府=公的機関の言うこと自体がデマ/嘘」であるケースがしばしばなわけで、仮に同じ言葉を某国首相が発しようものなら、すぐさま「あんたらの言うことが一番信用ならねぇんだよ…」とツッコまざるを得ない。
備忘録102(2020.02.19)
来年度のスタッフ研修計画を思案中。特定事業所加算や処遇改善加算の要件を満たしつつ、書類上だけじゃなくて実際のスタッフ育成にも「実のある」仕組みをつくるべく、悶絶しながら格闘すること足かけ10年…。
自分が直接指導・育成に当たるんやったら、パワハラ紛いのスパルタ方式確定なんですが、さすがにパワハラ紛いの「仕組み」をつくるわけにはいかず…何でこんなことをペーペーにやらせんねんという毎度お馴染みの不満はさておき、ほんまにずーーっと苦悩し続けております。
その一方で、学生インターンシップをはじめ、最近では某メガバンクのエリア総合職新入社員研修や某社協新人職員研修受け入れなど、「外部」の人たち向けの研修プログラムを企画・実施する仕事も並行して取り組んでおります。そして、そっちの研修生の皆さんに毎度お伝えしている内容のほうが、むしろ、身内のスタッフにこそ伝えたい/考えてみてほしいことだったりするなぁ…と薄々感づき始めた今日この頃です。
▽NPOは行政や企業と何が違うのか
▽寄附型NPOと公費型NPOと企業型NPO
▽NPOにとって「制度化(財源の公費化)」は諸刃の剣
▽福祉の「ネオリベ化」
▽○○福祉は「○○のための福祉」でいいんですか?「○○を通じた福祉」ではダメですか?
▽「存在のcost化」にどう抗うか、そして「存在のresource化」への道程~福祉ほどラディカルな仕事はない
▽重症心身障害者と呼ばれる人たち~「生まれて来なければよかった」とは言わせない(他人にも/自身にも)
▽個別化力と普遍化力~営業マンと企画・広報マン~掛け持ちしないと「回りません」
▽SpecialistかGeneralistか
こういうお話を「外部」の人たちにはしていますが、この内容は幸い?上司の検閲wを受けないので、多分にアクビイズムを含んでおり、これをそのままスタッフ研修に持ち込むのは如何なものかと思いつつ、でも、こういう内容こそ、スタッフ同士でワイワイ語らえたらオモロいやろうなぁ…と妄想。
取り敢えず、誰かうちの若い衆よ、アクビのおじさんとこういうことを語り合わないかい??
…と、言いつつ、いろいろ言い訳をつくっては何だかんだ付き合いの悪いアクビさんなのでした。ごめーん。
備忘録101(2020.02.01)
今日の終業後は、スタッフ向けの内部講座(強制参加じゃないよ!)。利用者の家族をゲストスピーカーとしてお招きする「聞かせてください、親の思い」シリーズ。多分10年近くぶりの企画。
今回は、8年前に亡くなった利用者さんのご家族がゲスト。利用者ご本人が亡くなった後も、家族ぐるみでずーっと私たちとお付き合いを続けてくださっていて、いろんな形で応援していただいている、貴重でありがたい方々なのです。
懐かしい写真の数々もスライドで登場して、古株スタッフの面々は思わず微笑んだり涙ぐんだり…。温かな雰囲気に包まれた講座でした。でも、若い衆たちはどんな気持ちで話を聞いてたのかなぁ。置いてけぼりになってなかったらいいけど…。
お話を聞きながらぼんやりと感じていたこと。
当の亡くなった利用者さん(Sさん)は、亡くなる3年前に重篤な肺炎で入院。その時に気管切開と胃瘻造設の手術を受けて、人工呼吸器まで使うことになる。
つまり、それまで元気に出すことができていた「声」を失い、それまで口から食べることができていた「ご飯」を失うことになったわけです。息を吸って吐くことすら、機械に助けてもらうことに。
でもその手術と機械のおかげで身体も元気になり、退院して、再びうちのデイに通うことができるようになりました。その後も亡くなるまでの間に2度重篤な状態になって入院されますが、「その都度」奇跡とも呼べるような復活を遂げて、家族や私たちのところに舞い戻って来られました。
そういう過程を、入院中の支援や自宅支援、デイの現場でつぶさに目にしてきた私にとって、この「不屈のカムバック劇」はかなりの衝撃でした。
考えてもみてください。最初の入院で、声も口から食べる食事も、息を当たり前のように吸って吐く力も失ってしまうんですよ。一気に。果たして、もし私がSさんだっとしたら…多分その時点で完全に人生を諦めてしまう気がします。「もう無理」って。生きてんのが嫌になるんちゃうかって思うんですね。
でも彼は違った。声を失おうが、口からご飯が食べられなくなろうが、呼吸器の世話になろうが、決して「生き抜くこと」を諦めなかった。諦めなかったというより、多分Sさんの中では「あー、早く家帰りたいなー、デイでみんなに会いたいなー」ぐらいの感覚だったのかもしれません。でも、普通、そんなんで乗り切れます?気管切開と胃瘻と呼吸器ですよ?これはもう、いわゆる「健常者」と呼ばれている人種には恐らく体現不可能な「タフさ」なんやと思います。その「タフさ」に励まされた古株スタッフも少なくないでしょう。
「健常者では持ち得ない力」をSさんは備えていた。その力の源は何だったのか、直接Sさんに聞けたらいいんですが、多分家族との深い絆だったり、うちのデイという「場」が持つ魅力だったりしたのかもしれません。
そうやって、ご本人、ご家族、私たちスタッフ、お互いがお互いに「力」を与え合っていた「相互依存」的な関係性。この輪をもっと地域や社会に広げていくこともまた、Sさんが私たちに残したデッかい宿題なんやろうなぁ…
天国から見ててね、Sさん…と心の中で呟きながら家路につくのでした。